喫茶 パノラマ
2020年6月16日・日記
気づいたら夏の早朝だった。
少し暖かく、オレンジ色の柔らかな空気が、半袖の腕をしっとりと包み込んだ。
ベランダの手すりは昼間は火傷しそうなくらい熱いのに、この時間だけはひんやりとしていて少し得をした気分。
お腹が空いて目が覚めたのは、
健康の証みたいでなんだか嬉しかった。
今日は「喫茶 パノラマ」に行く日。
喫茶パノラマには蜃気楼について書かれた書物や写真、芸術作品が集められている。
外観はかなり古びているが、店内は乳白色の丸い窓や小さな刺繍の入ったシートカバー、本棚の上に並べられたたくさんの動物のぬいぐるみ、と意外にもマスターが乙女な趣味をしているのだという。
また、ここに行けば必ず蜃気楼が見られるというジンクスもあった。
わたしは海の見えない部屋から、自転車を漕いで喫茶パノラマに向かった。
はやく行かないと何故か喫茶パノラマがなくなってしまう気がして、急いで漕いだ。
早朝に目覚めてすぐに支度をして家を出た。
喫茶パノラマまでは、たぶんかなりの距離がある。
さっきまで日差しは遠くにあったのに、いつのまにか自転車を漕ぐ足は太陽に照らされ、背中にはじっとりと汗をかいていた。
長いこと自転車を漕ぎ続け、
やっと向こうに海岸線が見えてきた。
あと少し。
喫茶パノラマはきっと海の近くにあるのだろう。
昼前には海に到着した。
海はカップルと家族連れで賑わっていて、
近くにはアクアシティお台場、ジョイポリス、フジテレビなどの大きな建物があった。
何回目の海だろうか。
「喫茶 パノラマ」はここにもなかった。
きっとあの場所にもないのだろうな、とわかってはいるのに、存在を確かなものにしたくて未だにいろいろな海を探してしまう。
眠いな。
わたしは新宿方面に向かってまた自転車を漕ぎ始めた。もう赤くないレインボーブリッジが海の向こうに揺れていた。