夏の早朝

空想や妄想をしてみたい。

豪華すぎる贈り物

 

こんなわたしでも、人から褒められることがある。

 


そしてその言葉に、

 

「え、わたしってそんなふうに思われてたの!?」

 

と驚かされることが多々ある。

 


わたしは単純な人間だ。
きれいにラッピングされたプレゼントは、素直に喜んで受け取る。

 

口頭で褒められたら日記やメモに書き留めておくし、インターネット上で見つけたらスクリーンショットをしてあとで見返せるように保存する。(こうやってバラしちゃうと恥ずかしいですね…)

 

基本的には嬉しいものだし、素直に受け取りたい褒め言葉だけど、たまにラッピングが豪華すぎる&大きすぎるプレゼントをもらってしまって戸惑うことがある。

 

自分で、自分の最低な部分をよく知っている。
知っているからこそ、その褒め言葉がわたしにはもったいなすぎて、言葉をかけられた人物は自分ではない他の立派な誰かのことなのではないかと錯覚してしまう。

 

わたしの中にある自分の人物像は、ダサくて知識もセンスもなく、めんどくさがりで何も考えてない、人とコミュニケーションを取るの苦手なダメ人間だ。自分のことを、ほぼボロ布みたいなものだと思っている。

しかもその最低さが、自分でも気づかないうちに外へと滲み出していて、自分しか知りえなかったはずの最低な部分も実は自分以外の全員にバレているのではないかと、そんな被害妄想を繰り広げることもある。


褒めてくれた人の気持ちはまっすぐこちらを向いているのに、本当は最低な人間なんです、と送り返したくなる気持ちが心の中を掠めた。

 

よく考えると、みんなそうなのかもしれない。

わたし以外の、どんなに素晴らしく見える人でも自分の最低なところを知っていて、それを隠したり克服しながら人間生活を送っている。

例えその人が本当に最低だとしても、誰かが感じたその人の良さはきっと嘘じゃない。

 

素敵な褒め言葉の人物像は、わたしが創り出した幻かもしれないけれど、ボロ布のような自分が奇跡的にきらりと光った一瞬は事実として誰かの心に残っているのかもしれないな、なんて思った。

 

 

これからは豪華すぎる褒め言葉もストレートに受け取りたいですね。

 

 

 

今日の1枚。

 

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パン界で最もケーキに近いパン。
イチゴスペシャル」という名前が大好きです。